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沖縄の酔雲庵

沖縄二高女看護隊 チーコの青春

井野酔雲




      庵主の紹介


 

名前は井野酔雲 『酔』は勝海舟の親父さんの夢酔から頂きました。ただの酔っ払いとの説もあります。
『雲』は戦国の武将、北条早雲から頂きました。剣豪の針ヶ谷夕雲から頂いたという説もあります。


19**年の夏 群馬県に生まれる。
1985年の夏 「酔中花」を出版。
1995年の夏 「戦国草津温泉記、湯本善太夫」を出版。
1998年の春 「侠客 国定忠次一代記」を出版。
1998年の秋 「時は今‥‥」が歴史群像大賞の奨励賞受賞。
2000年の7月

「草津温泉膝栗毛、冗談しっこなし」があさを社刊の『上州路』に連載される。
(2002年の12月まで)

2004年の夏 「草津温泉膝栗毛、冗談しっこなし」を出版。
2005年の10月 ホームページ『酔雲庵』を開設。
2006年の春 ホームページ『沖縄の酔雲庵』を開設。



出版作品
酔中花  酔中花

 人里遠く離れた険しい山の奥深く、泉のほとりに慎ましく、何千年にたった一度だけ、光り輝く可憐な黄金色の花びらを開き、恍惚の香りを漂わせ、ひっそりと咲き誇る花の事を、人々は酔中花と呼ぶ。未だ、誰も見た者はないという。
 しかし、真相は人里近くのどこにでもある山の中、泉のほとりに慎ましく、何千年もの昔から、可憐な無色透明な花びらを開き、あたり一面に何とも言えない微かな香りを漂わせ、ひっそりと咲き続ける花の事を酔中花と言う。今までに何人かの人間が、その花を見る事ができた。が、花は何も知らず、ただ無心に咲いているだけであった。今もなお永遠に咲き続けている。

※この作品は私の原点のようなもので、酔雲という絵画きの爺さんとラーラという花の精が登場します。酔雲という名が自分でも気に入って、その時から、ペンネームに使っています。そして、ラーラを20年振りに、ホームページ上によみがえらせました。

 1985年刊行、自家製和本綴じ本、おかげさまで完売です。
 2007年、ホームページ「酔雲庵」で公開しました。

戦国草津温泉記 湯本善太夫  戦国草津温泉記 湯本善太夫

今よみがえる四百五十年前の草津温泉
時は戦国、乱世を生き抜いた男の夢と女の愛

南から小田原の北条氏康が、北から越後(新潟県)の上杉謙信が、西から甲斐(山梨県)の武田信玄が、虎視眈々と上野の国(群馬県)を狙って攻め込んで来た時、草津温泉の領主、湯本善太夫は三日月の兜をかぶり、あの男に賭けようと決心した。


 1995年刊行、おかげさまで完売です。
 2007年、改訂版をホームページ「酔雲庵」で公開。

侠客 国定忠次一代記  侠客 国定忠次一代記

 赤城の山も今宵限り‥‥‥あれから150年。からっ風に吹かれて、あの親分が帰ってきた。
 いいか悪いかってえのはなア、見方によって変わるもんなんだぜ。お上の立場から見りゃア、お上に立てついた親分さんは極悪人だ。だがよお、百姓たちから見りゃア、違った見方になるんだぜ。悪口を言う奴らはみんな、お上の立場に立って物を言うお利口さんよ。親分さんを盗っ人呼ばわりする奴らはな、あくでえ事をして弱え者から銭を絞り取った汚ねえ奴らさ。親分さんに弱みを握られ、てめえから銭を差し出したくせして盗まれたと抜かしやがる。
 実際に、その目でじっくりと、本物の親分さんを見てやっておくんなせえよ。

 1998年刊行、今も販売中です。          侠客(おとこだて)国定忠次一代記
 2008年1月、ホームページ「酔雲庵」で公開しました。
草津温泉膝栗毛 冗談しっこなし  草津温泉膝栗毛 冗談しっこなし

 @草津よいとこ、一度はおいで〜
 草津節ができたのは大正時代になってからですが、江戸時代の草津温泉も賑やかに栄えていました。
 弥次さん北さんでおなじみの「東海道中膝栗毛」の作者、十返舎一九も「膝栗毛」の挿絵を描いていた喜多川月麿と一緒に草津温泉に来ています。深川から来ている粋な辰巳芸者を巡って、一九と月麿が草津温泉で巻き起こす馬鹿騒ぎをお楽しみ下さい。

 2004年刊行、今も販売中です。          冗談しっこなし
 2008年3月より、ホームページ「酔雲庵」で公開中。




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